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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)1703号 判決 1983年2月16日

控訴人

松永隆造こと李相魯

右訴訟代理人

川中宏

被控訴人

鳥塚菅藏

右訴訟代理人

表権七

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

2  被控訴人

主文と同旨の判決。

二  当事者の主張

1  被控訴人の請求原因

(一)  控訴人は、鳥塚博(以下「博」という。)に対する京都地方法務局所属公証人碩巌作成昭和五六年第三三五号債務履行契約公正証書に基づく元本三〇〇万円の貸金債権の執行保全のため、京都地方裁判所同年(ヨ)第二三七号債権仮差押事件の仮差押命令の正本に基づいて同年三月二五日ころ債務者博の第三債務者住友信託銀行株式会社(以下「住友信託」という。)奈良西大寺支店に対する別紙目録記載の債権(以下「本件債権」という。)に対し仮差押えの執行をなし、次いで、前記公正証書の執行正本に基づく強制執行として本件債権に対し差押命令の申請をし、同裁判所同年(ル)第一〇五号をもつてなされた差押命令が同年四月一四日第三債務者に送達された。

(二)  しかしながら、本件債権は、被控訴人が、昭和五四年一〇月一二日その所有不動産を売却した代金の内金三〇〇万円を資金として同日住友信託に対し貸付信託したことに基づく債権であるから、被控訴人に帰属するものであり、その信託名義人を博としたのは、被控訴人において、右貸付信託にあたり、利子所得等を非課税扱いとする、いわゆるマル優の適用を受けるため、二男の博名義を借用したものにすぎない。

(三)  よつて、被控訴人は、本件債権の権利者として、右仮差押え及び差押えの不許を求める。

2  請求原因に対する控訴人の認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は否認する。

本件債権にかかる貸付信託の資金の出所が、仮に被控訴人主張のとおりであるとしても、被控訴人がわざわざ信託名義人を博にしたということは、被控訴人がその主張の三〇〇万円を博に贈与したものにほかならないから、本件債権はその名義人どおり博に帰属するものである。

3  控訴人の抗弁

仮に、本件債権が被控訴人に帰属するとしても、被控訴人が前記のとおり博をその名義人としたことは、通謀虚偽表示にあたるから、右の名義により本件債権が博に帰属するものと信じて同人に対する執行行為をした控訴人に対し、それを対抗することはできない。

4  抗弁に対する被控訴人の認否

抗弁事実は争う。

三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二まず、本件債権の帰属について判断する。

1  <証拠>を総合し、これに弁論の全趣旨を参酌すれば、

(一)  被控訴人は、京都市上京区千本通一条下ル二町仲御霊町七四の乙宅地48.92平方メートル及び同地上の家屋番号七番木造瓦葺平家建店舗兼居宅床面積38.67平方メートル(以下「本件不動産」という。)を所有し、同所で料理飲食店を営業していたが、二男博が本件不動産を担保提供するなどして街の金融業者等から多額の金借をしその清算の必要に迫られ、またみずからも高齢で商売が思うにまかせなくなつたため、唯一の目ぼしい財産である本件不動産を売却処分することとし、昭和五四年九月二二日これを岡野益次外二名に対し代金一六五〇万円で売り渡し、同日手付金三〇〇万円を受領し、残債務は同年一〇月一二日に履行されることになつたこと、

(二)  被控訴人は、かねて住友信託京都支店の行員大谷邦康から貸付信託の勧誘を受けていたので、同年一〇月一二日、履行場所に指定された司法書士事務所に同人の来所を求め、同日買主より受領した残代金一三五〇万円の中から、博の債権者に対して約四〇〇万円支払つた残余の九〇〇万円について、住友信託との間で、貸付信託約款に基づき、みずからが委託者、かつ、受益者となつて信託契約を締結したが、その際、大谷の進言に従い、いわゆるマル優、すなわち所得税法一〇条所定の少額貯蓄非課税制度の適用を受けるため、自己の最高限度額三〇〇万円を超える六〇〇万円については、二男博と妻政子の了承を得て、その名義で各三〇〇万円あて同一約旨による貸付信託にすることとし、受託者である住友信託からその旨表示された受益証券が発行されたうえ、その預り証である貸付信託通帳が被控訴人に交付されたが、本件債権にかかる貸付信託は、そのうち右博名義のものであること、

(三)  被控訴人は、右三口の貸付信託の手続にあたり、その各貸付信託通帳にはいずれも自己の届出印章を押捺し、以来右各通帳をみずから保管し、本件不動産所在地から肩書住所地へ転居した際には、その異動申告をし、これに基づき同年一一月一二日右の各貸付信託の取扱店が住友信託奈良西大寺支店に移管され、引続き非課税扱いを受けているもので、博は、同年一〇月下旬ころ、被控訴人から、親の援助はこれ限りにすると断つて五〇万円もらい受け、本件債権についても、両親の老後の蓄えである旨被控訴人に対して確認していること、

が認められる。

2  控訴人は、本件債権にかかる貸付信託の資金は被控訴人がこれを博に贈与したものであるから本件債権はその名義人どおり博に帰属するものである旨主張し、原審証人鳥塚博の証言(ただし、その一部)及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、博は、昭和五五年中に控訴人から金借するにあたり、本件債権にかかる貸付信託が自分のものであるかのような言動をとり、控訴人を信用させていたことが認められるけれども、前記認定の事実関係に比照すると、右のような事実があるからといつて、その一事から直ちに控訴人主張の贈与の事実を肯認することは困難というべきであり、他に右主張事実をうかがい、前記認定を覆すに足りるほどの証拠はない。

3  右の認定事実に基づいて考えるに、本件債権は、被控訴人みずからが他人名義により委託者、かつ、受益者となり受託者の住友信託との間で締結した貸付信託にかかる信託契約に基づく信託受益権、すなわち信託関係存続中は信託財産の管理運用から生ずる収益の分配を受け、信託終了後は信託財産の元本の償還を受けることを基本的内容とする受託者に対する債権であつて、右権利は被控訴人に帰属するものといわなければならない。

三そこで次に、控訴人の抗弁について判断する。

1  前記認定したところによれば、被控訴人は、当初から自己に帰属していた本件債権につき、いわゆるマル優、すなわち所得税法一〇条所定の少額貯蓄非課税制度の適用を受けるため、便宜その信託名義人を二男博としたものにすぎないのであるから、本来の通謀虚偽表示にはあたらないものといわざるをえない。

2  もつとも、実体関係とは符合していない右のごとき信託名義は、前記のとおり、権利者の意思に基づき、名義人の了解のもとに作出されたものであるから、民法九四条二項の類推適用の可否についても考えてみなければならないが、本件債権にかかる貸付信託は、前記のごとき信託受益権が記名式の受益証券をもつて表示されているものであり、このような記名式の受益証券は、法律上、指名債権を表わす証拠証券の性格を有するにすぎないものであることにかんがみれば、受益証券ないし貸付信託通帳の名義の表示をもつて、社会生活ないしは取引上、一般的に信託受益権の権利帰属の外形を表示するに足りるほどの価値ある徴ひようとまでみることは困難というべきであつて、不動産における他人名義の登記・登録等の作出の場合に認められている民法九四条二項の類推適用とは同日に論じえないもめというほかはないし、前記認定の事実によると、被控訴人は本件債権にかかる貸付信託の信託受益権につき、最高限度額を三〇〇万円と定められた少額貯蓄非課税制度(所得税法一〇条六項)の限度額を超えてその適用を受けるため、二男博の名義を借用して貸付信託をしたことが明らかであるけれども、右のごとき名義の借用をもつて前記民法九四条二項の類推適用をなすべき事由に該当するものとまでは解し難いから、結局、前記認定の事実関係のもとにおいては、右法条の類推適用を否定するのが相当である。

3  そうすると、控訴人の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく採用に由なきものというべきである。

なおまた、以上の認定判断に徴すると、被控訴人において、先にみずから作出していた名義とは異なる実体的権利関係に基づく本件債権を執行債権者の控訴人に対する執行排除の異議事由として主張することが、信義則上許されないとまでいうこともできない。

四以上説示の次第であつてみれば、被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、右判断と同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(島﨑三郎 高田政彦 篠原勝美)

目録<省略>

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